pasted image 0.jpg

「謙虚さ」だと思います

親鸞聖人は

「虚仮不実の我が身にて」
 「清浄の心ももさらになし」

うたわれました

虚仮不実とは 真実のない心のこと

清浄の心とは 純粋で清らかな心のことです

ヘーゲル哲学から

親鸞聖人の言葉を読解した時に

親鸞聖人その人が『真実』であり

『清浄な心』の持ち主だと

確固たる確信がなければなりません

そして 

それをそのまま誇示するのではなくして

内在的に転化させる

(否定する)ことによって

「変わることのない真実の自己確信」を

得ることが出来るのだと

ヘーゲルも述べているのだと 

ここの箇所で感じられます

「変わることのない真実の自己確信」とは

表層的には 

どんな人間や世間にも

それで得た自己確信を崩されることがない

そのために永続する確信であるとも言えましょう

しかしながら 

それはヘーゲル的に表現すれば

主観的な確信の世界から 

客観的な真理の世界へと移入することをも

意味すると思います